2018年03月10日

国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定


3月9日(金)に開催された文化審議会で「国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定について」の答申がありました(→文化庁サイト)。内容は以下の通りです。

【国宝(美術工芸品)の指定】
・紙本著色日月四季山水図[金剛寺/大阪府河内長野市]
・木造千手観音立像(蓮華王院本堂安置)[妙法院/京都府京都市]
・木造四天王立像[宗教法人興福寺/奈良県奈良市]
・紺紙金字大宝 積経 巻第三十二(高麗国金字大蔵経)[国立文化財機構/東京都台東区]
・菅浦文書(千二百八十一通),菅浦与大浦下庄堺絵図[須賀神社/滋賀県長浜市]

【重要文化財(美術工芸品)の指定】
多いので省略

今回は5件のも文化財が国宝になります。個人的に気になるものをかいつまんでご紹介。

中でも著名なのは、三十三間堂として知られる蓮華王院本堂の「木造千手観音立像」。建物自体は既に国宝ですが、今回は堂内に安置されている平安時代および鎌倉時代の千手観音菩薩像が国宝になります。ズラリと並ぶ1001躯の観音像は迫力満点で、むしろ今まで国宝でなかったのが不思議なほど。45年にもおよぶ保存修理が完了したとのことで、それを契機として重要文化財から国宝に昇格です。

数多くの国宝を有する奈良興福寺。長らく中金堂に安置されていた「木造四天王立像」は鎌倉時代の仏像で、本来は南円堂の像として作られたことが判明しています。そこで再び南円堂に戻されることとなり、それを契機として南円堂に祀られている他の国宝仏像と肩を並べるべく国宝に。

「菅浦文書」及び「菅浦与大浦下庄堺絵図」は、琵琶湖の北岸に突き出た葛籠尾崎に位置する菅浦集落の動向を記した鎌倉時代から江戸時代にかけての記録です。菅浦は中世の荘園にルーツを持つ集落で、「惣(そう)」と呼ばれる独自の自治形態により治められてきました。現在も昔からの集落形態を維持していることから、集落全体が「菅浦の湖岸集落景観」として国の重要文化的景観に選定されています。その菅浦に伝わる一連の文書および絵図は、中世村落史研究上極めて重要であることから国宝に指定されます。

重要文化財の指定では、様々な野菜で描かれたユニークな涅槃図である「紙本墨画果蔬涅槃図 伊藤若冲筆」や、特別史跡であるキトラ古墳の壁画及び出土品など気になるものも多々あります。特にキトラ古墳壁画は高松塚古墳の壁画と同様、今後国宝になりそうな感じがしますね。

次回の文化財指定は5月中旬(18日(金)かな?)、国宝・重要文化財の指定(建造物)と重要伝統的建造物群保存地区の選定です。楽しみです。

posted by きむら at 14:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化財

2018年02月17日

大平宿の窓口が変わったそうです


 “宿泊できる廃村”こと長野県飯田市の大平宿ですが、2017年3月16日より窓口が変わったとのことでご報告です(一年前でかなり今更ですが、恥ずかしながら最近になって知ったことでして……)。


昔ながらの古民家が建ち並ぶ「大平宿」、宿泊が可能な廃集落です

 以前は飯田市中心部にあるアルススポーツが大平宿の宿泊受付と鍵の貸し出しをしておりましたが、2016年9月11日に「大平宿をのこす会」が解散したことに伴い、現在は中央自動車道の飯田インターチェンジ前にある「JAみなみ信州りんごの里」内の「南信州観光公社」がその業務を執り行っています。

 宿泊料は一泊2000円+協力費300円と以前から変わっていませんが、聞いたところ薪が用意されなくなったとのことで、大平に上る前にあらかじめ調達しておかなければならないようです。またこれは個人的にヒジョーに残念なのですが、受け入れ人数が2名からとなっており、一人での利用が不可能となっています。

 私は2007年(もう10年以上前なんですね!)大平宿に一人で泊まり、その体験記としてデイリーポータルZに記事を書きました(→「廃村に泊まる」)。またこの記事がご縁で様々な方と知り合い、その後もたびたび大平宿についての記事を書いています(→「熟練者と行く廃村体験〜大平宿リベンジ〜」「雪に閉ざされた廃村で雪下ろしをしてきた」)。

 恐らく飯田市としては学生の体験学習や会社の研修旅行などの受け入れを拡大していきたいのでしょう。大平宿には少なからずの思い入れがあるだけに、今後、どうなっていくのかヒジョーに気になります。大平宿の貴重な家々を残していく為に、より良い方向へと進んでいってもらいたいと思います。


posted by きむら at 12:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報

2018年02月14日

2018年2月山形旅行報告


 先日2月10日から12日にかけて、二泊三日で山形県旅行にいってきました。三連休ということもあり山形新幹線は大混雑。あらかじめ指定席を購入しておいて正解でした。



 初日は蔵王でスノーシュートレッキング。ロープウェイで蔵王山麓駅から地蔵山頂駅まで上り、そこから樹氷を眺めつつ樹氷高原駅まで下ってきました。私は冬山トレッキングはほぼ未体験のドシロウト。経験者二人にリードして頂いた形です。



 冬の蔵王は分厚い雪で覆われていて登山道が分かりません。GPSで目標地点を決めつつ、自由なルート取りで進みます。傾斜は急ですがスノーシューに歯が付いているので滑ることはなく、ザックザックと雪を踏みしめながら下っていくのはなかなかに爽快。天気も良くて景色が素晴らしく、とても楽しい雪山トレッキングでした。



 これは余談ですが、この冬山トレッキングの為にバラクラバ(目出し帽)を買ったのですが、これがバイクの防寒に便利で普段使いしています。とても暖かい。

 二日目はこの旅行の主目的、上山(かみのやま)市に伝わる奇習「加勢鳥(カセドリ)」を見学してきました。これはケンダイと呼ばれる藁を纏った加勢鳥たちが町を練り歩く旧正月の風習で、いわゆる来訪神の行事です。



 加勢鳥たちは「カッカッカーのカッカッカー、商売繁盛火の用心」という掛け声と共に輪になって踊り、人々は加勢鳥に水を掛けて商売繁盛を祈願します。2012年にはライターの玉置さんが実際に参加し、デイリーポータルZに記事を書いています(→「藁の服を着て水を掛けられる奇習カセ鳥



 今回の旅行にご一緒した方の一人が加勢鳥に参加していた為、私は終始それをそれを追いかける感じでした。本来は水を掛けた途端に凍り付くような過酷な行事ですが、今年は気温が暖かくて加勢鳥たちも快適……なわけはなく、午後から気温が下がって吹雪となり、物凄く大変そうでした(一方、私たち見学チームが加勢鳥を追いかけていたのは午前中だけで、午後はホテルでぬくぬくしていました)。

 三日目は山形市の郊外にある山寺こと立石寺(りっしゃくじ)を拝観しました。山の麓に本堂(根本中堂)と本坊が、山の上に奥の院や子院が建ち並ぶ天台宗の仏教寺院です。



 石段を上がったところに鎮座する根本中堂は正平年間(1346〜1370年)の再建と伝えられ、現在は慶長13年(1608年)に行われた大修理当時の姿を留めることから重要文化財に指定されています。桃山様式によって築かれた、堂々としたたたずまいの仏堂です。



 根本中堂からは拝観料を払って奥の院がある山上へと向かうのですが、これが実に雰囲気抜群でした。参道沿いの巨岩には経文が彫られ、また剥き出しの断崖には修行の為の窟屋が穿たれていて独特な雰囲気です。しんしんと降り積もる雪と相まって、まるで水墨画のような風景です。



 奥の院は山頂付近の谷筋に建物が建ち並んでおり、まさに修行の場という雰囲気。五大堂からの眺めも素晴らしく、今回の旅行の締めに最適の寺院でした。





 帰りは山形駅から始発の新幹線に乗りました。帰りは指定席を買っておらず、自由席も満席だったので、山形から乗って大正解でした。かみのやま温泉駅からでは立ちになるところだった。

 という感じで今回の旅行は終了。次はどこへ行きますかな。


posted by きむら at 16:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行