2019年05月11日

旅行における同人誌販売の一時停止について


 5月13日から沖縄に行ってきます。主目的は北大東島です。沖縄は本州よりも梅雨入りが早く、しかも雨風の影響を受けやすい離島にこの時期行くのはなかなか無謀な感じもしますが(沖縄の梅雨入りが5月中旬頃と知ったのは航空券を買った後でした……)、スケジュール通りに帰って来れるよう祈りながら行ってきます。

 つきましては、家を離れて発送処理ができなくなるため、本日より同人誌の販売を一時停止させて頂きます。再開は5月23日の予定ですので、どうぞよろしくお願いします。

【追記】
 無事旅行から帰ってまいりました。現在は販売を再開していますので、どうぞご利用ください。

posted by きむら at 09:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 同人誌

2019年04月25日

神奈川&東京の続100名城巡り


 最近、再び自分の中で城熱が高まってきているということもあり、ここ数日で自宅から近い神奈川県&東京都にある続100名城を巡ってきました。

 まずは豊臣秀吉が天下統一の仕上げとして小田原を攻める際に築いた石垣山城。後北条氏の本拠地である小田原城の南東、笠懸山の頂上に位置しており、急な農道を上っていくと突如として巨大な石垣が現れます。


関東で初めて築かれた総石垣の城です


現在は石垣の多くが崩れかけている

 石垣山城は完成してから木々を伐採したことで、小田原城からはまるで一夜にして城が出現したように見えたことから「一夜城」とも呼ばれています。

 天下統一を間近にした秀吉の権威を象徴するかのように、ただの前線基地とは思えないほどに立派な城郭です。これが突如として現れたのだから、後北条氏の戦意は瞬く間にしぼんだことでしょう。

 石垣山城は後北条氏の滅亡と共に役目を終えて破棄され、現在は石垣が崩れかけていて少々痛々しい感じです。


本丸には天守台の跡もあり、とても立派な近世城郭


広々とした二の丸には、馬屋が置かれていたらしい

 圧巻なのは二の丸の北側にある井戸曲輪です。谷の地形を石垣で塞いで井戸としたもので、現在も石垣が崩れることなく往時の姿を留めています。


石垣に囲まれたすり鉢状の底で、現在も水が湧いています

 四方を石垣で囲まれたその内部は、まるでインドの階段井戸のようで物凄い存在感。これを見に来るだけでも石垣山城を訪れる価値は大いにあると思います。写真では伝えきれない迫力なので、ぜひとも実際に目で見て頂きたい。

 さて、お次は品川台場です。幕末に黒船の来航に脅威を感じた江戸幕府によって築かれた砲台跡で、お台場という地名の由来にもなっています。江戸湾(東京湾)を塞ぐように計11基の築造が計画されて6基が完成。その後の撤去や埋め立てにより、現在は第三台場と第六台場のみが現存しています。


現在はお台場海浜公園と陸続きの第三台場跡


コンクリートで築かれた砲台のレプリカが展示されている


土塁の内側には本陣を中心に弾薬庫や竃跡などが存在していた

 品川台場には2008年にデイリーポータルZの取材で訪れたのですが、当時はほとんど人がおらず貸し切り状態だったように思います。しかし現在は犬の散歩やウォーキングの方々が多く訪れており、地元の人々の憩いの場になっているようですね。


こちらは現在も海の中にある第六台場跡


現在は植物&鳥の楽園となっており立入禁止

 以前の時と同様にレインボーブリッジを歩いて渡り、第三台場と第六台場の全景を写真に収めてから帰りました。やはり以前はレインボーブリッジを歩く人はほとんどいなかったと記憶していましたが、現在は若いカップルや外国人旅行者など結構な人が歩いており驚きました。決して短くはない距離なのですが、まぁ、楽しいもんね、橋を歩くの。

 三箇所目は新横浜の近くにある小机(こづくえ)城です。関東戦国時代初期の長尾景春の乱において景春側の豊嶋氏が籠り、太田道灌に攻め落とされた城で、その後に後北条氏が整備して支城としていました。


竹林に覆われた丘に遺構が良好に残っています


各郭を空堀と土塁が取り囲んでおり迫力満点!

 小机城は主に「東郭」と「西郭」、およびその間に位置する「つなぎ郭」から成り、それらの周囲に土塁と空堀が巡らされており、角馬出で防御を固めた北条式の縄張です。


東郭には櫓台も残っている


各郭は土橋で接続されており、容易に行き来が可能

 コンパクトな城ながらも複雑に入り組んだ空堀が大迫力で、遺構のまとまり具合は武田の古宮城に対する北条の小机城と評したい……と思ったのですが、ひとつだけ(そして致命的な)問題が。


西郭の西側が第三京浜道路でぶった切られているのだ

 第三京浜は遺跡の保護よりも開発が優先された高度経済成長期に築かれたということもあり、まぁ、しょうがないのかもしれませんが、この破壊は小机城の価値を大きく損ねているのは間違いないでしょう。高知県の添蚯蚓遍路道が高速道路でぶった切られているのを見た時と同じような喪失感を受けました。

 さて、気を取り直して四箇所目は東京都の八王子にある滝山城です。多摩川沿いの丘陵をまるごと使って築かれた、後北条氏の支城です。


こちらもまた竹林があり、どことなく小机城と似た雰囲気


小机城と同様、各郭を空堀と土塁が取り囲んでいる

 同じ後北条氏の城なだけに、滝山城は小机城をスケールアップした感じ。というか、これを見た後だと小机城がまるでミニチュアのように思えてしまうくらいに超巨大な山城です。

 特にすべての登城道が合流する二の丸の守りは厳重で、南側の大馬出を始めすべての虎口に角馬出が設けられています。実際、滝山城は武田氏によって攻められていますが、結局二の丸は突破できず寡兵で凌ぎ切ったといいます。


馬出にしては巨大な、その名もズバリ「大馬出」


本丸へは木橋が架けられているが、当時は引橋だったそう


山の神曲輪から眺める多摩川

 とまぁ、滝山城は非常に立派で広大な城ですが、武田氏により落城寸前まで追い詰められたことから新たに八王子城が築かれ、滝山城は廃城になったといいます。

 滝山城は比較的なだらかな丘を使っていますが、小田原城は急峻な山を使ったガチの山城。近世城郭的には滝山城のほうが伸びしろがあるような気がしますが、まぁ、間もなく後北条氏は秀吉によって滅ぼされますので、あれこれ言っても詮無き事ですかな。

 ところで、今回訪れた四箇所のうち品川台場を除く三箇所は自宅からカブで行きました。最近、カブにスマホを取り付けるマウントとホルダーを装着したので、そのテストも兼ねてのツーリングだったりします。


スマホの出し入れが不要になって超便利

 特に地図での位置確認が格段に便利になり良い感じです。今後のカブ旅行で大いに活躍してくれることでしょう。

posted by きむら at 15:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2019年04月22日

2019年「新指定国宝・重要文化財」展


 毎年春の風物詩、前年度に国宝や重要文化財に指定された文化財が一堂に会する新指定展が4月16日から始まりましたので、上野の東京国立博物館に行ってきました。ちょうど特別展の「両陛下展」や「東寺展」が開催されていたこともあり、平日の午前中にも関わらず東博は相当な人出でした。



 今年も去年と同様、仏像系は本館に入ってすぐ右手の11室、それ以外は二階西側の8室に展示されています。毎度の如く新指定展は写真撮影が禁止なのですが、それを知らない人が多いのか、いつも以上に係りの人が写真撮影禁止のピクトが描かれたボードを高々と掲げていて腕がしんどそうでした。



 今回は国宝が三件で、そのうち「キトラ古墳壁画」は当然ながらパネル展示。実物を見ることができるのは京都・安祥寺の「木造五智如来坐像」のうち「大日如来坐像」「阿弥陀如来坐像」「不空成就如来坐像」の3躯、奈良・唐招提寺の「木彫群」5躯のうち「木造 薬師如来立像」「木造 伝獅子吼菩薩立像」の2躯です。

 平安時代に築かれた「木造五智如来坐像」は細長い半開きの目が印象的で、貫禄がたっぷりで国宝にふさわしいたたずまい。奈良時代の一木造である「木造 薬師如来立像」「木造 伝獅子吼菩薩立像」は造形と木目の流れが非常に美しく、像の下に立つとすべてを見透かされているような凄味を感じました。

 重要文化財では私の地元である江ノ島の木造弁財天像が思っていたより立派で、あの神社にこんな凄い鎌倉仏があったのかと驚きました。教王護国寺(東寺)の「木造獅子狛犬」もカッコかわいくてお気に入り。

 8室に展示されているものでは鎌倉時代の「絹本着色春日鹿曼荼羅図」が個人的なイチオシ。雲に乗った白鹿の蔵から榊が描かれ、その枝先に春日大社の本地仏が描かれてるという構図が最高に素敵です。明治時代の銅置物「十二の鷹」の写実っぷりも素晴らしい。生き物の質感を金属でこれほどまでに再現できるのかとため息が出るばかりでした。



 新指定展としては今回初めて図録を発行したようで、売店で販売していたので購入しました。展示されていなかったものもすべて収録されており良い感じ。来年以降もぜひとも図録を出して頂きたいと思います。

 2019年の新指定展は5月6日まで開催されています。常設展扱いなので620円で見ることができますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

posted by きむら at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化財