2015年02月13日

大平宿の雪下ろしに参加してきました


長野県飯田市に大平宿という宿場町があります。かつては飯田と南木曾を結んでいた旧大平街道の休憩地として機能し、現在も江戸時代から明治時代にかけて建てられた古民家が数多く残っています。

昭和45年(1970年)の集団離村によって大平宿は廃村となりましたが、現在も「大平宿をのこす会」(以下「のこす会」)によって管理されており、一泊2000円で古民家に泊まることができる“宿泊できる廃村”なのです。

私はこれまで大平宿に三度訪れ、そのうち二回をデイリーポータルZの記事にしました(「廃村に泊まる」「熟練者といく廃村体験」)。個人的になかなか思い入れの深い場所です。

先日の2月7〜8日にかけて、のこす会によって大平宿の雪下ろしが実施されました。私もそれに参加してきましたので、ご報告まで。


冬季封鎖された大平への道路を開けて進む


車で行けるところまで行き、そこから歩く

旧大平街道にあたる県道8号線は1メートル以上雪が積もっており、冬季閉鎖。幸いにも前日に別の団体が除雪車を途中まで入れていたのでそこまでは車で行き、除雪されていない区間はスノーシューを履いて大平まで歩きました。


倒木も多く、電線も切れて大平は停電中


3時間足らずで大平に到着しました

道路の積雪はもちろんのこと、屋根の上には1メートルから2メートルほどの雪が積もっており、中には屋根の軒先が曲がっていたり、建具が歪んでしまっている家も。想像以上にえらいコトになっていました。


雪に埋もれる大平の家々


こんなツララ、初めて見たかも

昼食を食べてから雪下ろし。主屋の屋根は大黒柱によって支えられているので、強度的に弱い庇部分の雪を中心に下ろしました。


この雪が厚いし固い!

しかし、この雪が物凄く固いのです。積もった雪が自重で締って固まり、氷のバームクーヘンのようになっていました。プラスチックのスコップだと折れて役に立たない。

なかなかに大変な作業でしたが(雪国の人々の苦労が身に染みました)、古民家の屋根に登る体験なんてなかなかできないですし、とてもおもしろかったです。


雪下ろしの後の夕食と酒がうまいうまい

その日は大平に一泊し、翌日少し作業をしてから雪が降るなか下山しました。囲炉裏に座って思ったのですが、薪の火力ってホントに凄い。火の前に座っているだけで、濡れた服や軍手が湯気を立てながらあっという間に乾きました。ちらちら揺れる火を見るのもたのしいですね。

というワケで、大変だったけど楽しかった大平の雪下ろし。その詳しい模様はデイリーポータルZの記事にする予定です(2月24日掲載予定)。


posted by きむら at 19:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2015年02月01日

横浜の住宅街、今もなお広大な境内を残す「称名寺」


先週、浦賀に行ってきましたが、その帰りに「称名寺」に寄ってみました。鎌倉時代、北条氏の一族である金沢北条氏が築いた寺院で、その書庫である「金沢文庫」は日本最古の私設図書館として有名です。

金沢北条氏の氏寺として鎌倉との関係が強い称名寺は「武家の古都・鎌倉」の構成資産の一つとして世界遺産に推薦されましたが、世界遺産委員会の諮問機関であるICOMOSよって「不記載」の勧告があったのはご承知の通り。私はこれまで鎌倉には何度も行きましたが、実は称名寺はまだ一度も訪れたことがなかったのです。お恥ずかしながら。

京急「金沢文庫駅」から徒歩約10分。住宅街の中をてくてく歩いて行くと、なかなか良い感じの四脚門と参道が。その奥には巨大な楼門が。想像していたよりも遥かに立派かつ広大で驚きました。


見事な浄土庭園が広がっています

写真だけ見ると「どんな山の中だよ!」という感じですが、実は山の谷戸を境内として利用しているだけで、この山の向こうは海だったりします。称名寺を取り囲む山々には自然が残っており、そこは横浜の市街地の中にポツンと取り残された、まさに聖域。


境内の奥、山の中腹には北条氏の墓所も

この山も含め、称名寺はその境内全域が国の史跡にしていされています。山からは水も湧き出しており、大都会とは思えない雰囲気にビックリ。


山に上がると、称名寺の異質性がよく分かる

谷戸を利用した地形といい、緑が残る山と住宅街のせめぎ合いといい、やはり鎌倉ににた雰囲気ですね。むしろ鎌倉の寺院より境内が広く、なおかつ無料ということもあってご近所の方々が散歩にくるような、のんびりと気さくな雰囲気でした。

「武家の古都・鎌倉」に称名寺を含める聞いて、最初は鎌倉市内でまとめるべきではないかとも思ったのですが、北条氏と歴史を共にしてきた称名寺は鎌倉と密接な関係がありますし、金沢文庫も知られてますし、なにより横浜の住宅街に囲まれながらも残った広大な境内。鎌倉を世界遺産に推薦するには切り離せないと認識を改めました。

残念ながら「武家の古都・鎌倉」は白紙になってしまいましたが、改めて「鎌倉の社寺と防衛施設群」(防衛施設は鎌倉の周囲を守る山々や切り通しのことです)などとして世界遺産の再推薦を目指して頂きたいものです。


posted by きむら at 20:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2015年01月25日

浦賀の「中村三郎助まつり」に行ってきました、が……


毎年恒例、浦賀造船所跡で行われる「中島三郎助まつり」に行ってきました。……が、今年は少々残念なことが。

「中島三郎助って誰?」「どういう祭り?」という方は、去年この祭りの様子をデイリーポータルZの記事にしましたので、詳しくはこちらをご覧ください→「廃造船所で行われる、まつり

浦賀造船所には明治30年に築造された世界的にも貴重な煉瓦ドック(通称浦賀ドック)が残っています。「中島三郎助まつり」は浦賀造船所が開放される日であり、間近で浦賀ドックを見学できる大変ありがたいイベント、でした。


「中島三郎助まつり」の会場は機関工場

昭和初期に建てられた工場で、平成15年まで現役でした

機関工場に入ることができるだけでもありがたいイベントではあるのですが、やはり浦賀といえば浦賀ドック。煉瓦の赤と石の白のコントラストが美しい、あの壮大で麗美な構造物を間近で見たい。

会場に着くなり足早にドックへと向かったのですが、ドックの手前でロープが張られ、通せんぼ。なんと、今年はドック界隈の立入禁止とのこと。がーんですよ。まさに、がーん。私の去年の記事を見て今年行かれた方、本当に本当に本当に本当に申し訳ありませんでした。

去年までは立入禁止なんてことはなかっただけに(2007年の時なんかは、ガイドツアーでドック下まで下りることもできた)、なんで今年になって立入禁止にしたんだろう。ドック見学を目的に来る人も多かったと思うのに……。

考えられるのは安全確保の為、あるいはこのお祭りがドック見学会になることを避けようとしたのでしょうか。でも、それならそれで「ドック、見られません」とチラシなりサイトなりに明記して頂きたかった。

横須賀観光情報サイトにも開催場所として「旧浦賀ドック」とあるし、例年通りドックの見学ができると思っちゃいますよね。


しょうがないので、外壁越しにドックを見る

相変わらず、美しいドックである

ちなみに、外壁もドックと同じフランス積みの煉瓦造

第一級の産業遺産である浦賀ドック。「中島三郎助まつり」はその活用の場にふさわしいイベントだと思っていただけに、ちょっとショックでした。以前は「ドックを活用しよう!」という意気込みが感じられたものですが、そのムードもどこへやら。

安全確保、維持管理の費用などなど、様々な事情があるのだとは思いますが、浦賀ドックの今後の行く末が気になります。極めて身勝手な希望としましては、横浜の石積ドックなどと同様に重要文化財の指定を受けて保護が担保され、幅広く活用されるようになることを願います。


posted by きむら at 20:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行