2018年05月02日

米沢&長井の弾丸旅行


 4月26日に米沢に行ってきました。正確には25日の夜行バスで26日朝米沢に到着し、26日の夜行バスで27日の朝に帰ってくるという強行軍。目的は国の重要文化的景観に選定された長井市の町場景観を見ることなのですが、ついでに上杉家の城下町であった米沢の観光もしようかな、と。


5時過ぎに米沢駅に到着したものの、物凄く寒い!

 さすがは東北地方なだけあって、4月下旬でも朝はまだ震える寒さ。米沢駅は閉まっていて入ることができず、駅から少し離れたところにあるコンビニでおにぎり二個と温かいコーヒーを購入して朝食としました。

 とりあえず米沢を見て周ろうと思ったのですが、事前情報をまったく仕入れてこなかったので、どこに何があるのか分かりません。どうしようかと米沢駅の辺りをうろうろしていたのですが、ふと前田慶次が晩年に過ごした里である堂森への案内があったので、なんとなく行ってみることに。米沢駅から東へ歩くこと約2km、まずは前田慶次が飲用していたという「慶次清水」へ。


今もなお地下から水が湧き出している水源です

 泉の袂にはコップが並んでおり、どうやら飲んでも問題ない様子。とりあえずポコポコ水が湧き出ている辺りから汲んで飲んでみると、これが実に清らかかつ冷たくて美味。体に染み付いていた酒(高速バスを乗る時は、寝付くために酒を飲むのです)が抜け、身が清められた感じでした。

 慶次清水以外にも、慶次の館であった無苦庵跡や、慶次の供養塔がある堂森善光寺などを見てから、再び米沢駅へと戻りました。その頃にはようやく町が動き出していて駅も開いており、待合室で米沢市の観光地図をゲットして街歩きを始めました。


まずは米沢城跡にある上杉神社をお参り

 かつての米沢の中心であった米沢城跡は、米沢駅から西へ約2kmと少し距離があります。城内には明治時代に上杉神社が築かれており、道路にある案内標識も米沢城跡より上杉神社の表記が目立ちます。現在の社殿は大正時代の再建ですが、設計はあの伊東忠太というから驚きました。伊東忠太は米沢の出身だったのですね。


米沢城の本丸には、かつて上杉謙信の遺体を祀っていた御堂跡が

 軍神として知られる戦国武将の上杉謙信は、その死後も遺体は埋葬されずに甲冑を着せて甕に納められ、上杉家の守護神として代々城に祀られていました。明治に入ると墓所に埋葬されましたが、ミイラ状態で現存している戦国武将とはまた凄まじいものです。


二の丸跡には壮大な上杉伯爵邸および庭園が

 この上杉伯爵邸は明治時代に築かれた上杉家の邸宅で、現存するものは大正14年(1925年)の再建で国登録有形文化財。内部は料亭になっているので客以外は入れませんが、浜離宮を模したという庭園と相まって、外観だけでも実に絵になります。


ルネッサンス様式のシルエットが美しい、旧米沢高等工業学校本館

 現在は山形大学工学部のキャンパス北端に位置する旧米沢高等工業学校本館は、明治43年(1910年)の建造で国指定の重要文化財。実に美しい建築で、米沢駅舎のモデルにもなっています。改修工事の為か正面に足場が組まれていたのが少々残念ですが、本格的な洋風建築を見ることができてホクホクでした。


上杉家の菩提寺であった林泉寺にある直江兼続の墓所

 山形大学工学部の西隣にある林泉寺では宝物殿を含む堂内、および直江兼続の墓所や庭園を見学しました。ちょっと見て出るだけのつもりでしたが、係の人による寺院や上杉氏に纏わる話をガッツリ聞きこんでしまい、思っていたより時間が掛かりました。このお寺の内部拝観は時間に余裕を持った方が良いです。


米沢藩主上杉家墓所は国指定の史跡だ

 米沢の西部、背の高い木々が茂る林の中には上杉家の墓所があり、代々の米沢藩主を祀る祠堂がズラリと並んでいます。近年、大名墓所の史跡指定がちょくちょくなされていますが、ここは大名墓所の代表例として全国に先駆けて昭和59年(1984年)に史跡となりました。

 これで米沢観光は終わり。近くにある西米沢駅から鉄道で長井市へと移動しました。長井市のうち「最上川流域における長井の町場景観」として重要文化的景観に選定されている範囲は、かつて最上川通運による物資の集散地として栄えた宮地区と小出地区、および二地区を繋ぐ最上川の水面域です。


今もなお、街道に面して立派な商家建築が並んでいます


小出地区には水路が巡らされており、立体交差する水路も!

 重文景の範囲はなかなかに広く、見所も多くて歩いて回るのが大変でした。朝から歩き通しで昼食も取らなかったこともあり、夕方にはすっかりヘロヘロに。倒れそうな感じがしたのでコンビニに飛び込んでスニッカーズとコカ・コーラを購入。無理矢理血糖値を上げて何とかしのぎました。もっとも、米沢に戻った後はサイゼリアでたらふく飲み食いしたワケですが。

 米沢と長井を一日で見る弾丸旅行ではありましたが、これがなかなか楽しむことができました。特に米沢は情報を全く持っていませんでしたが、発見が多くて無知が功を奏した感じです。知らない場所を行き当たりばったりで旅行するのも楽しいものですね。

posted by きむら at 15:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2018年04月24日

新調テントのお試しキャンプ


 5月の長崎旅行を前にテントを新調しましたので、4月21日(土)から22日(日)にかけて設営や居住感を試しにキャンプしてきました。まずはいつも通り、愛川町の田代運動公園に向かったのですが……。


週末ということあって、死ぬほど混んでおり断念

 写真は22日の午前9時の様子。テントを撤収して帰る人が出てくる時間なのにも関わらずこの混みよう。前日の14時頃に到着した時はもっと混雑していて入り込む余地がありませんでした。

 しょうがないので愛川町では肉(もちろん足立原商店の白モツと牛カルビ)と酒だけ購入し、宮ケ瀬ダムを越えて道志みちの入口にある新戸キャンプ場に向かいました。物凄く狭いローカルな路地の奥、農家の庭先が受付という道志川岸のキャンプ場なのですが、こちらもまた物凄い人の数。15時の到着にも関わらずテントサイトは満杯で、かなり途方に暮れました。


川向かいのキャンプ場もテントだらけで混雑していた

 とりあえず買い出しに行ってから戻ってみると、デイキャンプの人が撤退したのか空きができており、そこになんとか設営。それでようやく一息つけた感じです。


これまで使っていたテント、ノースフェイスのマイカ1

 マイカは登山用品店で買ったテントで非常に軽く(なんと1.27kg!)、これまでの旅行で愛用していたのですが、長年の使用により底に穴が開いてしまい、雨水が染みてきてしまう状態でした。また防水の為のポリウレタンコーティングが経年劣化によりポロポロとはがれてきてしまっており、まさに寿命を迎えた感じです。

 そこでまたマイカを買おうと思っていたのですが、現行のものは本体が全面メッシュになってしまっており、なんだかなぁという感じ。値段も決して安くはないので、思い切って別のテントを新調することにしました。


こちらが新しいテント、モンベルのムーンライト1型

 雨の多い日本の気候に適したテントとの触れ込みで、その名の通り月明かりでも手早く設営できるとのこと。前庭があって靴をテントの外に置けるのも良さそうなので購入しました。重量も2.1kgとまぁまぁ軽く、値段もそこそこ手ごろ。

 実際に設営してみると、フレームががっしりしていて頼りがいがあり、設営はマイカほどの手軽さはないものの確かに簡単。思っていたより内部空間が広くて良い感じ。ただしペグが打てない場所ではフライシートがバタバタしそう。入口が横ではなくて正面にあるので、這って出入りするのがちょっと面倒かな。でもまぁ、そのあたりは慣れていくことでしょう。


お酒は愛川町の大矢孝酒造「残草蓬莱(ざるそうほうらい)」

 いつも通りの白コロ&カルビをビールで堪能した後、日が落ちて涼しくなってきてから頂いたこのお酒。口に含むと風味が香り、後味はスッキリとした辛口。あまり飲んだことのないタイプの日本酒で新鮮でした。次は赤ラベルの純米吟醸を試してみようかな。

 これは余談ですが、日本酒の後はワインに移り、気が付いたらテントの中で寝ていました。しかし目を覚ましたらなぜか左膝をすりむいていて、なおかつ左手の親指崎に大きな血豆ができていました。微かに残る記憶では、河原の岩場を歩いていて躓いて転び、そこから抜け出そうともがいていたような気がします。何をどうして岩場に向かったのか、どうやってテントに戻ったのかは一切不明。帰ってから冷静に考えてみると、意識がないまま河原に出たという事実に恐怖を覚えました。一歩間違えてたら川に流されて死んでいたワケで。今度の旅行では酒を少し控えようと思います。イヤ、ホント。

posted by きむら at 14:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2018年04月15日

5月に長崎県へ旅行に出ます


 私の中の長期旅行欲が限界に達したので、5月7日から31日にかけて、仕事を休んで旅行に出ることにしました。主要目的は長崎県です。

 私は2014年にリトルカブ(原付)で九州を一周しましたが、その時は日程が押していたこともあり、長崎県は島原半島だけしか見ることができませんでした。というワケで、今回は平戸から五島列島、長崎市と余すことなく長崎県を堪能したいと思います。

 長崎県にはキリスト教伝来よりキリシタンが多く、長崎市に聳える元治2年(1865年)建造の大浦天主堂(国宝)はその象徴ともいえる存在です。それ以外にも長崎県には明治から昭和初期にかけて築かれた教会堂が数多く現存しており、そのうち文化財指定されているものを中心に見に行こうと思っています。

 ただ、これらの教会堂を含む集落は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産を目指しており、現在は訪問するのに事前予約が必要となっています。日程がかなり縛られてしまうので、スケジュール管理がなかなか大変な感じになりそう。5月の頭にあるであろうICOMOSの勧告によっては混雑も予想されます。とはいえGWは終わってますし、五島列島はそう手軽に行ける場所でもないので、私の旅行にはあまりが影響ないかもしれませんが(そうであることを祈りたい)。

 長崎市では大浦天主堂以外にも東山手・南山手の町並み、国宝建造物を持つ崇福寺、出島や端島(軍艦島)といった史跡も見に行きたいですね。その後は島原半島に再訪したいと思っています。くま屋の「とり弁当」を食べるのだ(参考記事→DPZ「島原半島の棚田と段畑が凄い、あとトリ弁当がうまい」)。余裕があれば最近重要文化的景観に選定された阿蘇地域にも行きたいなぁ。――と、地図を眺めながら今からワクワクしております。

posted by きむら at 14:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行