2007年02月23日

山手線の線路を歩いた思い出-中編



乗客の降車が始まったのは11時45分ぐらいだっただろうか。線路に降りるために開かれた扉は、後方の車両と中ほどの車両の二箇所だけだったと思う。乗客はその二箇所のドアにゆっくり向かい、順番に一人ずつそのドアから線路に降りていった。列車の床から線路までは、思った以上の高さがある。係員がドア下につけた金属製の簡易ステップを足場に、乗客は線路の上に飛び降りる。

山手線の線路を歩いた思い出-02

列車内から線路に下りる

私が列車から降りると、そのまま高田馬場駅まで歩くようにと指示された。とりあえず、遠くに見える駅を目指し、歩き出す。線路に敷いてあるバラス石は、ごろごろしていて思った以上に非常に歩きにくい。私も含め、乗客は皆コンクリートの部分や枕木などを選んでその上を歩いていた。

山手線の線路を歩いた思い出-03

あらためてみると凄い絵である

歩き出してからは、さらにヘリコプターの音が大きくなった気がする。ふと線路わきの道路に目をやると、そこには既に大勢のマスコミがおり、カメラでこの行列を撮影していた。さぞ、おもしろい映像が撮れたことであろう。ただ黙々と線路の上を歩く人々の姿。それはあまりに異様な光景だ。

山手線の線路を歩いた思い出-04

駅を目指し歩く

本来ならば数分間隔で次々と列車が走り抜けていくこの山手線。しかし今は、その走っているべき列車が駅でもない場所に停車をし、その傍らには着の身着のままの乗客たちが、一様の方向を目指しただ歩いている。上空にはヘリコプターが一機、二機。普段はありえぬ姿の山手線。

山手線の線路を歩いた思い出-05

私は線路を歩いている

山手線の線路を歩いた思い出-07

そう、私は線路を歩いている!

私は正直嬉しかった。線路を歩くという異常な体験が、非常に楽しかった。しかも自分が歩いているのは、泣く子も黙る天下の山手線。通る列車が一時間に数本というような路線ならともかく、ここは一時間に20本もの列車が通る都心の中のど真ん中、山手線。その線路は、普段は絶対に入ることが許されない管理されたエリア、いわば聖域である。そこに今、私は土足で足を踏み入れている。

山手線の線路を歩いた思い出-06

一列になりプラットフォームに上がる

非日常というのは人を興奮させる。そしてこの山手線の線路を歩くという体験はこれ以上にないくらいの非日常。いくら金を出しても、決してできることのない稀な出来事。それはまさに、一生に一度の貴重な経験だと言えるだろう。

山手線の線路を歩いた思い出-09

駅で待ち構えていた報道カメラ

高田馬場駅のプラットホームにもカメラが大勢おり、我々の行列を正面から撮影していた。中には乗客にマイクを向け、インタビューしている記者もいた。それを見て、私は改めて凄い事故に巻き込まれたんだということを実感した。



どんなことであれど、いずれは終わりを迎えてしまう。改札から一歩外へ出ると、そこには普段どおりの町があった。人々や車がせわしなく行きかう、高田馬場駅前の日常。ふと私は、まるで唐突に夢から醒めたときのような軽い喪失感を覚えた。

そうだ、会社へ行かなければ。私は線路沿いの道を大久保方面に歩き出した。改札に出る前に、駅員から代替交通への振り替え券をもらっていたのでバスを使うこともできたが、気が付くとなぜだか徒歩という交通手段を選んでいた。

山手線の線路を歩いた思い出-10

線路わきから撮影するカメラ

途中、事故現場を横切った。既に乗客は全員駅へ移動しており、現場には列車と大勢の作業員、それとマスコミだけが残っていた。このように線路の外から見ていると、毎日テレビから流れるニュースの現場映像と大差ないような感じもしてくる。つい10数分前まで自分もあそこにいたというのに、なんかもう遠い別の世界のようだ。少しだけセンチメンタルになりながら、私は会社へと向かっていった。



夜帰宅すると、テレビではこの事故が大々的に取り上げられていた。乗客が全員列車から出された後も、5時間以上に渡り列車の運行は休止され、多大なる人々の足に影響が出たという。尼崎脱線事故からちょうど1年後に起きた事故ということもあり、JRの体質も問われるほどの問題に発展していた。ニュースではプラットフォームから撮影したと思われる映像が流れ、なんとその中には私の姿も写されていた。

なお、事故の原因は線路下を通る道路の拡幅工事であった。型枠にコンクリートを注入していたところ、圧力のかかったコンクリートが線路を押し上げ、レールが隆起してしまったのだそうだ。

あれから1年近くが経った。そういえば、今あの場所はどうなっているのだろうか。事故後、道路の拡張工事は続けられたのだろうか。写真を見ながらふとそんなことが気になった。気になったのなら行ってみよう。私は事故現場の今を見に、高田馬場へと自転車を走らせた。



posted by きむら at 09:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | コネタ
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