2026年01月04日

【文化審議会答申】史跡名勝天然記念物の指定等について


 2025年12月19日(金)の文化審議会において、「史跡名勝天然記念物の指定等」の答申がありました。内容は以下の通りです。

《特別史跡の新指定》
・恭仁宮跡(山城国分寺跡)【京都府木津川市】

《史跡の新指定》
・出羽金沢城跡【秋田県横手市】
・大桑城跡【岐阜県山県市】
・因幡国山陰道跡【鳥取県鳥取市】
・羽衣石城跡 附 十万寺城跡 番城城跡【鳥取県東伯郡湯梨浜町】
・野中廃寺跡【高知県南国市】
・沖永良部島古墓群 世之主の墓 新城花窪ニャートゥ墓 屋者ガジマル墓 アーニマガヤトゥール墓【鹿児島県大島郡和泊町・知名町覇市】

《名勝の新指定》
・静川園【北海道北津軽郡中泊町】

《天然記念物の新指定》
・甑島片野浦のカノコユリ群落【鹿児島県薩摩川内市】

《登録記念物(遺跡関係)の新登録》
・東奥武沖遺跡【沖縄県島尻郡久米島町】

《登録記念物(名勝地関係)の新登録》
・斧原氏庭園【兵庫県西宮市】
・清原氏庭園【兵庫県芦屋市】
・旧高原氏庭園【兵庫県加西市】
・ウトノアナ・ゼゼノサマ【大分県豊後高田市】
・金武鍾乳洞(日秀洞)【沖縄県国頭郡金武町】

《重要文化的景観の新選定》
・波佐見中尾皿山と鬼木棚田の文化的景観【長崎県東彼杵郡波佐見町】

 天平12年(740年)に聖武天皇が遷都し、3年3ヶ月の間だけ使用されていた恭仁宮が特別史跡になります。平城宮に戻った後はその跡地に山城国分寺が造営されました。短い間ながらも国分寺建立の詔や大仏造立の詔、墾田永年私財法などが出された場所でもあり、奈良時代の政治を象徴する重要な遺跡です。


山城国分寺の塔跡に残る礎石群

 史跡の新指定に関しては、やはり今回も「指定相当の埋蔵文化財リスト」に記載されているものが中心です。

 「大桑城跡」は美濃国の守護であった土岐氏の拠点で、発掘調査により巨石を用いた門など遺構が良好に残っていることが分かりました。斉藤道三による土岐氏追放に至るまでの美濃国騒乱の舞台でもあります。

 奄美・沖縄地方では死者を風葬し、その後に骨を洗って改葬する伝統的な墓制が営まれていました。その代表例が歴代琉球王の墓である「玉陵(国指定史跡かつ国宝)」です。奄美群島では岩陰や洞窟に遺骨を納めていましたが、沖永良部島では琉球王国の影響を受けて前庭や屋根を表現する古墓が残っており、4箇所が「沖永良部島古墓群」として史跡になります。

 久しぶりに重要文化的景観の答申もありました。「波佐見中尾皿山と鬼木棚田の文化的景観」が新規に選定です。長崎県波佐見町の山間部には窯業集落の中尾郷と、棚田で稲作を営む鬼木郷が隣り合って存在します。江戸時代から現在までそれぞれの生業を維持しており、地形を利用した登り窯や石積の棚田を見ることができるようです。行かなきゃ。

posted by きむら at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化財
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