2016年12月18日

2016年ベトナム&カンボジア旅行


前回の投稿でしばらく旅行できないといっておいて舌の根も乾かないうちになんですが、2016年11月6日から10日にかけてベトナムとカンボジアに行ってきました。ベトナム航空主催のファムトリップ(旅行会社の営業や仕入れ担当者向けの研修旅行)にメディアとして同行したカタチです。久しぶりの海外ということもあって、かなりテンション上がりました。非日常を味わえる海外旅行はやっぱり良いものですね。

初日は成田を出発してベトナムのハノイに泊まり、二日目の午前は自由行動で午後にカンボジアのシェムリアップへ飛行機で移動。三日目はタイとの国境付近に位置する世界遺産のクメール寺院「プレアヴィヒア」を見学。四日目は自由行動、夕方のフライトでシェムリアップを発ち、ホーチミンで乗り継いで翌朝に成田着という三泊五日のスケジュールでした。

宿泊はいずれも五ツ星ホテル、食事もイイとこのレストランと、個人旅行ではなかなか味わいえないリッチな旅行で、役得とはいえなんとなく申し訳ない気分になったりならなかったり。ツアーの目玉であるプレアヴィヒアも秘境感溢れるロケーションが素晴らしく、まさに“最果ての地”という言葉がふさわしい遺跡でした。なかなかできない経験をさせてもらった感じです。

なお、今回の旅行で取材してきた内容は「たびねす」をはじめとする各種媒体に寄稿していきます。詳しくは以下のページをご覧ください(記事は順次追加予定です)。

【たびねす】
カンボジアの大地を見下ろす絶景の世界遺産「プレアヴィヒア寺院」
世界遺産アンコールに残る最初期の寺院群!カンボジア「ロリュオス遺跡群」
ゆったり静かに過ごすアンコール 〜 カンボジア「ソカ シェムリアップ リゾート」
ハノイの世界遺産「タンロン遺跡」〜まるっと楽しむ外周散策
フレンチコロニアルの一軒家レストラン「ワイルド・ライス」で味わうハノイグルメ
レイクビューの五ツ星「ハノイデウーホテル」は緑と水に満ちた都会のオアシス!

【デイリーポータルZ】
カンボジアの車窓から

ベトナムもカンボジアも実に10年以上ぶりの訪問なので、どのくらい変わったのかという点も楽しみにしていました。ベトナムは昔とあまり変わらない印象で、まるで魚群のようなバイクは相変わらずでしたが、自家用車を持つ人が増えたのか車の数が結構多くなったような気がします。しかしあのバイク軍団の中で車を運転するのは技術と度胸が必要そうだ。

一方でカンボジアは目に見えて変わっていました。特に道路状況は圧倒的に良くなったようです。13年前はシェムリアップとプノンペンを繋ぐ主要国道ですら赤土の未舗装路で、車が通る度に物凄い砂埃が舞い上がったものですが、今や国土北端という辺境の地にあるプレアヴィヒアまでの道路までもバッチリ舗装されていました。アンコール観光の拠点の町シェムリアップは現在も市域が拡大し続けており、町中の建物も立派でキレイなものへと刷新されていました。とはいえ、細かい所を見るとアラが目に付いたりと、まだまだ垢抜けない、カンボジアらしい一面も残っていて微笑ましいカンジ。


行きのフライトでは、照明が突然レインボーになってビックリ


ハノイで宿泊したホテルに隣接する公園の夕暮れ


ベトナムのスワンボートはなんだか目つきが悪くてファンキー


夜、ホテルに帰る際に見かけた良いカンジの風景

宿泊したホテルがあるハノイ西部には高層ビルが建てられていたりと、やはりベトナムもここ10年で発展しているのだと思います。ただ駅東部の旧市街エリアは相変わらずで、今もなアジアらしい雑多な町並みが広がっていて安心しました。日曜だったということもあり、人も多くて活気が凄かったです。


四日目はアンコール・ワットの日の出を見るツアーに参加した


江戸時代に日本人の武士が記した落書きも見学

残念ながら曇っていて日の出は見られませんでしたが、日本語ペラペラなガイドさん付きのツアーなので、アンコール・ワットについての話をいろいろ聞くことができました。アンコール・ワットといえば寛永9年(1632年)に平戸藩の武士「森本一房」が記した落書きも有名ですが、これがなかなかわかりにくい場所にある上、その大部分が墨で塗りつぶされているので個人旅行では見逃す確率が高いと思います。押さえるべき点はしっかり押さえてくれるのがツアー旅行のメリットですね。


アンコール・ワットの後はトゥクトゥクで遺跡巡り


アンコール遺跡群で最も古くに築かれた「ロリュオス遺跡群」を見て周った

本来の四日目のスケジュールは午前中がホテルインスペクションで午後が自由行動でしたが、私はメディアということもあり終日自由行動とさせていただきました。ホテル前に溜まっていたトゥクトゥクをチャーターして遺跡巡りです。トゥクトゥクといえばタイなどで活躍してる三輪タクシーですが、カンボジアのトゥクトゥクは二輪のバイクに無理やり座席をくっつけたようなもの。実にカンボジアらしいですね。

シェムリアップの郊外にあるロリュオス遺跡群を見た後は、市内に戻って昼食&寺院を見学。その後はアンコールの主だった遺跡を周ったのですが、欲張りすぎたためか少々くたびれました。13年前も遺跡巡りに張り切りすぎて高熱が出てしまいましたが、その頃からまったく成長していない自分に反省を促したい。

とまぁ、そんなこんなで無事帰国。あっという間の3泊5日でしたが、見所が豊富で実に濃厚な日々を過ごすことができました。前回の訪問から10年以上というこのタイミングでベトナム&カンボジアに再訪できたのも嬉しかったです。この旅行を契機に私の中のアジア熱が再燃しそうで……いかんいかん、今は黙々とお金を稼ぐのだ。


posted by きむら at 15:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2016年08月22日

近況と今後について


すっかり放置状態となっている当ブログですが、たまには更新しないといけませんな。というワケで、近況とこれからについて述べたいと思います。

まず、しばらく旅行はできません。少なくとも半年は完全に充電期間となります。

春の伊勢旅行でカメラの広角レンズが壊れてしまい、またザックやエアマットに穴があき、レインウェアや速乾性シャツもぼろぼろであるなど、全体的な装備の刷新が必要となりました。結構な入り用なのですが、ぶっちゃけ収入が少なくしかも不安定なのでなかなか厳しいものがあります。

そこで、安定した収入を得るべく7月から副業を始めました。夕方から夜にかけて某社で週五日働いています。残業代や休日手当も出る超ホワイトな企業なのですが(当たり前のことなのですが、そんな当たり前な会社にこれまで縁がなかったもので)、ただし休日はカレンダー通りではなく、また二日以上の連休はあまりありません。半年以上働けば有給が付くのですが、それまでは一泊二日旅行すら難しいかな、と(事前に申請すれば休むこともできるのですが、欠勤となると当然無給ですし、職場の信用を得るためにも指定通りの出勤を心がけようと)。

――という懐事情により当分旅行はお休みなのですが、当サイトとしてはひとまず四国遍路の旅行記をできるだけ早いペースで書きたいと思います。私が遍路をやったのは2011年ともう5年も前のことで、それをぐだぐだ引っ張るのはさすがにどうかと思うので。今年中……はちょっとムリかな? いや、本年度中にはケリをつけたいと思います。うん、それならなんとかなりそう。頑張ります。


posted by きむら at 13:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2015年07月08日

世界遺産「サンティアゴ巡礼路」の構成資産は超膨大


先日の世界遺産委員会において「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産になりました。他にも世界中で数多くの世界遺産が誕生し、既に世界遺産であるスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」には、カミーノ・デル・ノルテ(北の道)やカミーノ・プリミティボ(原始の道)など、スペイン北海岸沿いの巡礼路が追加され、名称も「スペイン北部のサンティアゴ巡礼路」に変わりました(以下「サンティアゴ巡礼路」とします)。


スペインのサンティアゴ巡礼路「フランス人の道」

また類似の世界遺産として、フランス国内のサンティアゴ巡礼路や巡礼に関する文化財をまとめた「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」があります(以下「フランスのサンティアゴ巡礼路」とします)。


フランスのサンティアゴ巡礼路「ル・ピュイの道」

サンティアゴ巡礼路は2012年に歩いたこともあって個人的に思い入れが強く、今回追加された「北の道」や「原始の道」もいつか歩くと心に決めたところなのですが、ふとその構成資産はどうなっているのだろうと思い、調べてみました。とりあえず今回新たに登録された部分は置いといて、1993年に世界遺産となった「フランス人の道」と「アラゴンの道」の範囲です。

私は巡礼路を歩く前、サンティアゴ巡礼路という名称なのだから登録対象は巡礼路、つまり道とか橋だけだと思っていました。しかしながら巡礼の途中でカリオン・デ・ロス・コンデスという町の外れにある「サン・ソリオ修道院」に立ち寄った際、「この建築は世界遺産です」という旨の記述を見つけ、サンティアゴ巡礼路の構成資産は道だけじゃないと初めて気付いたのでした。


サンティアゴ巡礼路の構成資産のひとつ「サン・ソリオ修道院」

では他になにが構成資産に含まれているのでしょうか。いちおう巡礼の直後にも調べてみたのですが、その時点は詳しい資料を見つけることはできませんでした。しかし改めて調べ直してみると、UNESCOの世界遺産サイトのサンティアゴ巡礼路のページに、構成資産を記した資料が新たに追加されているではありませんか(300MBを超えるpdfファイルで、めちゃくちゃ重いので開くには注意が必要です)。

それを見ると、なんと驚き。サンティアゴ巡礼路の構成資産は、巡礼路以外に1912件もの建造物が含まれていたのです。「サン・ソリオ修道院」はその膨大な構成資産のひとつにしか過ぎませんでした。

構成資産になっている対象は、巡礼路や橋は当然のこと、巡礼路沿いの町や村にある教会や修道院といった宗教施設、古い町並みや個人住宅、市庁舎・学校・病院などの公共施設、町を巡る城壁や門、十字架や噴水などのモニュメントなどなど。中には闘牛場や鳩小屋まで含まれています。


ピレネー越えた巡礼者が泊まる「ロンセスバージェス」も世界遺産


単独でも世界遺産の「ブルゴス大聖堂」は、二重登録の例だ

そのラインナップは実に多彩で、サンティアゴ巡礼に直接的に関わりがなくても、巡礼路沿いにある文化財ならとりあえずぶちこんでいるような印象です。巡礼路を歩いていて目に留まる古いモノは、そのほとんどが世界遺産「サンティアゴ巡礼路」の構成資産でした。


ベロラドの町並み、そしてこの写真を撮った城跡も構成資産

また巡礼路の途中にはアントニ・ガウディの作品が二棟存在します。レオンの「カサ・デ・ロス・ボティネス」とアストルガの「司教館」ですが、これらも構成資産でした。バルセロナにあるガウディの建築は「アントニ・ガウディの作品群」として世界遺産になっていますが、レオンとアストルガの建築もまた、「サンティアゴ巡礼路」として世界遺産だったのです。


レオンの「カサ・デ・ロス・ボティネス」と、その周辺の建物も構成資産

構成資産の範囲は巡礼路沿いのみならず、巡礼路から外れた町や村の物件も含まれています。巡礼の後半、私はメインの巡礼路から外れた「カストリージョ・デ・ロス・ポルアサレス」という村を訪れました。中世の趣きを残した美しい町並みの村なのですが、ここもまた構成資産でした。


素晴らしい町並みの「カストリージョ・デ・ロス・ポルアサレス」


同じくメインルートから外れた位置にある「サモス修道院」も構成資産

構成資産の年代基準もイマイチ分かりません。サンティアゴ巡礼のルーツは中世ですが、先に述べたガウディの作品は19世紀後半ですし、ラ・ビルヘン・デル・カミーノという町の教会は1950年建造のモダニズム建築ですが、これもまた構成資産に含まれています。中世のロマネスクから現代のモダニズムまで、良く言えば包括的、悪く言えば節操のないラインナップです。


完全なるロマネスクの「サン・マルティン教会」、もちろん構成資産


しかし、まさかこのモダニズム教会も構成資産だったとは、驚きだ

巡礼路の方も、舗装路が含まれているなど、なかなかアグレッシブです。世界遺産は保護措置が法的に担保されているのが前提条件。日本の場合は文化財保護法で史跡などに指定されている必要があります。古道の場合、史跡の指定を受けるには昔の様相が残っていなければならず、すなわち未舗装が基本なのです(なおかつ物証も必要です)。

1998年に世界遺産となった「フランスのサンティアゴ巡礼路」の方は、もっと厳密に構成資産が決められています。巡礼路も昔ながらの風情が残る未舗装部分のみが対象で、なおかつ建築物も橋や大聖堂、修道院といった、サンティアゴ巡礼に直接関わるもののみです。


フランスのコンクは素晴らしく美しい村だが、世界遺産なのは教会と橋だけだ

2004年に世界遺産となった日本の「紀伊山地の霊場と参詣道」もまた同様。史跡に指定された未舗装路部分が対象で、構成資産も高野山・吉野山・熊野三山の霊場をはじめ、道中の王子など熊野参詣に関わるもののみ世界遺産となっています。

サンティアゴ巡礼路が世界遺産となった90年代前半は、まだ審査が緩かった時代だと思うので、これはこれでアリだったんだと思いますが、今だと間違いなくICOMOSからNGを食らうでしょう。ちなみに今回追加登録された「北の道」や「原始の道」は、UNESCOのサイトを見ると北海岸に沿って断片的にプロットが見られます。おそらく構成資産は未舗装路のみ、建造物も教会など巡礼に関わるもののみが対象になっていると思われます。

それにしても、巡礼路上で見た数々の教会、町並み、モニュメントがことごとく世界遺産だったとは。なんともスペインらしい、おおらかかつ大胆な世界遺産でした。


posted by きむら at 13:31 | Comment(1) | TrackBack(0) | 文化財